新潟地方裁判所長岡支部 昭和43年(わ)48号 判決 1969年5月12日
被告人 行方達三郎
明四四・六・四生 会社役員
主文
被告人を禁錮一年に処する。
この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(事実)
第一、浦佐スキー観光株式会社と被告人の地位
浦佐スキ観光株式会社(以下会社という。)は、新潟県南魚沼郡大和町(旧大和村)大字浦佐地区のいわゆる出稼ぎをなくし同地区の発展を期するために浦佐スキー場、スキーリフト、ロープウエイなどを経営するなどの目的をもつて昭和三三年一月三〇日資本金三〇〇万円で設立され、同大字字一水口に浦佐スキー場を開設し、その年に同字三二七二番地にスキー場ロツジを建て、その後もスキー場を拡張整備し、昭和三七年には右ロツジの食堂を建てて右ロツジを木造モルタル三階建一部地階建坪延四四九・五八平方メートル(一三六坪)とし、その間も増資して昭和三五年一一月には資本金一、六〇〇万円となつた。
被告人は、会社の発起人の一人でその設立の際には金五万円を出資して株主となつているところ、昭和三四年四月一五日常務取締役に就任し、専務取締役平川警吉(以下平川という。)と共に常勤し、被告人が主として営業・宣伝関係を、平川が主として渉外・計画関係の事務を担当することとしていたが、事実上は被告人と平川とで事務全般を見ており、被告人は昭和三六年ごろからゲレンデの整地作業の仕事も行なつていた。
第二、桜沢埋立工事着手までの経過
一、浦佐スキー場にはロツジの西北にくの字形に曲つた長さ約一五〇メートル、最深部で深さ約一五メートルの通称桜沢があつて沢の中を小川が流れており、そのためスキー場が分断され、小川の水で雪が融けてしまうために昭和三五年ごろ沢の出口附近約四〇メートルにわたつてコンクリート管を布設して排水すると共にそのころ出口附近約七、八〇メートルにわたり杭を打ちその間を柴木でいわゆるしがらみを作つて土砂の流出を防いでいた。
二、しかして、右のとおりスキー場が桜沢で分断されるため被告人と平川とでその埋立を研究し、取締役会でそれぞれ、昭和三九年四月一日桜沢を埋め立ててそこにスキーコースを設けることを含んだゲレンデ拡充およびリフト建設案を提出し、同年五月一五日平川が主として作成した「浦佐スキー場拡充『事業計画書』」(昭和四三年押第二一号の10)を提出、これが審議され、同年六月二三日承認され、その実施は被告人と平川とに一任されたが、その内容は、桜沢についてはこれを埋めてそこに沢形に蛇行するコースを作るというものであつて、経費をその他の工事を含めた整地費としてブルトーザー使用料延一、二〇〇時間分四八〇万円その他合計五〇〇万円を計上し、その際の工事費として、小桜沢の排水や第三リフトコース東面一帯の桜沢流域の湧水、雨水を赤沢に導入し、開溝排水路を設けるなど保安工事費として一五〇万円を計上していた。しかして、平川は、そのためには、沢の南側尾根の土砂を桜沢に入れず、北側尾根の土砂を桜沢に入れて桜沢を高さ平均四、五メートル、最深部でもせいぜい一二、三メートルで計算上約三万リユーベの土砂を埋め立てて一二度位の斜面とし沢を通つて行くコースを作り、特に、日陰となるようにし、また、排水などについては前記のほか、埋立個所には小川に沿つてそだを埋めることとし、樹木の一部を残すことを考え、会社の職員高橋一一に対しそのように指示した。
第三、桜沢埋立工事の開始
桜沢埋立工事は、平川の指示に基き右高橋の監督で同年の六月ごろから始められ、直径二ないし二・五センチメートル、長さ二ないし二・五メートルの雑木を直径三〇ないし六〇センチメートルに束ね、これを二、三把ずつ溝に沿つて埋めてそだ暗渠排水工事がなされ、同年七月六日から業者に賃借したブルトーザー二台も動き出し、高橋は平川の命に従い、北側の岸から約五〇メートル離れたところを削つてその土砂を北側の岸から埋めていくようブルトーザーの運転手に指示し、工事は進められた。
第四、罪となる事実
被告人は、前記のとおり会社役員として昭和三六年ごろからゲレンデの整地作業などに従事し、桜沢埋立工事については取締役会で承認された計画の大綱および平川の企画していたその細部についてほゞ了知し、その実行を平川と共に取締役会から一任され、業として右工事の指揮をしていたものであるが、昭和三九年八月ごろからそれまで前記高橋がブルトーザーの運転手に指示していたのを、直接自ら指揮するようになつて積極的に右工事の監督に当たつた。このような場合、右工事を進めるにあたつて、被告人としては、桜沢の底には湧水が流れており、沢を埋めて平らにしても周囲に比べ浅い谷状となつていて地表水が集中する地形であり、殊に融雪期には相当の量の水が一時に土砂に浸入することが考えられ、そうなると埋め立てた土砂が流出して右ロツジを崩壊する危険があつたのであるから先ず、地下および地表の排水工事を完全にし、それと共に埋め立てた土の締め固めを充分に行ない、土留め工事をし、併わせて右ロツジの北側に土砂の防禦壁を設置するなどして、その事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があつたのにこれを怠り、取締役会で承認を得た前記工事計画を無視して桜沢を全部埋めてこれを南北両岸と平坦ゲレンデにしようと一人で考え、前記注意義務を欠き、右高橋らの反対にもかかわらずブルトーザーの能率のみを考慮して、ブルトーザーの運転手らに指示して、漫然と南側の尾根を削つてその土砂を前記そだ暗渠排水設備の上に落とさせ、同年九月四日ころまで素掘りの排水溝を二本高橋が平川に命じられて作つたほかには、特に排水設備を作ることなく、また土留め工事などすることなく、途中から平川が指揮系統の乱れることを考慮して桜沢工事から手をひいたので、被告人単独で沢の約八割程度を埋め、翌昭和四〇年度も整地費として約二〇〇万円の予算を得たうえ、同年六月二〇日ごろから同年九月四日ごろまでの間に前同様、被告人独自の考えで地表および地下の排水、埋め立てた土の締め固め、土留めなどの工事をしないまま漫然とブルトーザー三台の運転手を直接指揮して、桜沢を全部埋めてこれを南北両岸とほぼ平坦にし、深いところでは高さ約二三メートルまで土盛りをし、当初の計画の約二倍約六万リユーベの土砂を埋め立てた業務上の過失により、昭和四一年三月一八日午後七時三〇分ごろ、折からの降雨と気温上昇による融雪によつて当日は約五五ミリの降雨があつた場合と同量の水が右埋め立てた土砂に浸透し、そのため間隙水圧が増加し、流水限界を超えたため、右埋め立てた土砂が流出して桜沢の下方にあつた前記ロツジ一棟を倒壊させ、よつて、同ロツジ内にいた別紙(一)(略)記載のとおり、会社従業員豊野隆一(当時四五才)ほか七名をその場で窒息などにより死亡させ、別紙(二)(略)記載のとおり、田部春松(当時四二才)ほか九名に対し安静加療に約三ヵ月を要する第二腰椎圧迫骨折、右肩鎖関節亜脱臼、左第八肋骨々折などの各傷害を負わせたものである。
(証拠の標目)(略)
(弁護人らの主張に対する判断)
中沢弁護人は、「本件は、(一)(イ)スキー場の人工造成としては初めてのケースで参考となるべき先例もなく、県等も何らの指導していなかつたものであり、(ロ)気候が非常に暖かで、降雨量が多く、従つて融雪等による水量が増大したことが事故発生原因であつて、かかる気象条件は予測し難い異常なものであり、(ハ)さらに被告人は土木工事については全くの素人であつた。以上の理由で、結局、予見可能性がなかつた。(二)経済的理由から期待可能性がなかつた。」旨主張し、浅平弁護人は、「本件は、(一)検察官が被告人に対し要求している大規模な防災工事は、被告人一人でこれを実施することが不可能であつた。(二)(イ)前記防災工事を実施することは、特殊専門的技術、知識が必要であるが、業務上の注意義務としてそのような特殊専門的技術、知識が要求されていない。(ロ)従来、県の指導等がなかつた。(ハ)経済的理由。以上の理由で期待可能性がなかつた。」旨主張する。そこで、以下、当裁判所の判断を示しておく。
第一、予見可能性について
一、先ず、桜沢の埋め立てた土砂の流出の予見可能性についてみると、前掲証拠によると、被告人は、桜沢およびその附近一帯の地形、湧水および流水の状況を知悉していたものであり、従つて、その地形、湧、流水の状況から土砂の流出が起こり易いことを当然知るべきであるところ、浦佐スキー場は人工的に整地されたいわゆる人工造成スキー場であつて、スキー場内の方々に埋め立てた個所があり、土砂の流出を防止するためスキー場全体で二〇本近くの排水溝を設置するなどして排水には特段の注意が払われて来ているのであるが、それでも、小規模ながら土砂の流出を繰り返して来ており、昭和三八年七月ごろの集中豪雨の際、桜沢上方のゲレンデを整地した表土が桜沢に流れ込み、スキーロツジの北側から沢口にかけての水田約一・二アールが土砂で埋まつたことがあり、昭和三九年三月一六日桜沢北方の第二号リフトの第二号支柱附近の土砂と積雪が崩壊して右支柱を倒壊させたが、これは、盛土が崩壊したものであること、更に昭和四〇年六月二九日夜集中豪雨があり、その際には、前年度の桜沢埋立工事で桜沢に入れられた北側部分の盛土および沢口の北側附近に押し出してあつた土砂が流出して沢口北側附近から東へ数一〇メートル隔つた旧国道にまで及び、水田はもとより附近の家屋の床上にまで泥が上るという事故があり、被告人はこれらを知つていたものであり、しかも、昭和四〇年六月の事故については同年七月大和町長から同会社宛文書で注意があつた旨平川から話を聞いているのである。そして、そもそも、桜沢の埋立工事について、平川の作成した前記拡充事業計画では、はつきりと、保安工事として桜沢流域の一部の湧水、雨水を赤沢に導入することを明らかにしているのである。
二、次に、気象条件についてみると、高野秀夫作成の鑑定書と題する書面によると、小出町における昭和四一年三月一八日の最高気温は一二・四度、降雨量は一九ミリ、換算融雪水量は三六ミリ、合計して五五ミリの降雨があつたのと同じことになる。この合計した水量は同月一七日一四ミリ、一六日三四ミリ、一五日三五ミリであつて、一五日から一八日までの気象は、これらの水量などをみても、前年に比べて早く暖かくなつているにしてもそれは時季のずれの問題に過ぎず、経験則上、何ら異常な水量だということはできないし、むしろ、春になれば融雪等により出水の量が増えることは当然に予測しなければならないというべきである。
三、以上の諸点を考えれば、なるほど、被告人は土木工事について高度の学識経験を有しているとは認め難く、また、本件事故当時にはいわゆる人工造成のスキー場で本件のような問題が他に惹起していたことも認め難いけれども、被告人は昭和三六年ごろからスキー場の整地作業にも関係しており、土木工事について全くの無経験者ではなく、スキー場の人工造成といつても、保安の点から言えば、結局は土砂の流出防止の問題であつて未知の分野だというわけではないのであるから、再三にわたる前記のごとき土砂流出に逢着している以上、土木工事についての高度の知識、経験はなくとも、当然に、被告人はその経験、地位および従事している仕事の内容に徴して、本件事故発生を予見し得たものであり、従つて、予見すべきであつたものというべきである。
このことは、県、市町村当局などが、行政指導をしていなかつたことが認められるけれども、それによつて結論を左右するものではない。
第二、期待可能性について
一、浅平弁護人の主張する前記(二)の(イ)の主張は、ひつきようすれば、期待可能性の問題ではなく、構成要件該当性の問題であり、それについては、予見可能性のところで述べているとおりである。また、県などの行政指導がないことについても、予見可能性の問題として前に述べたとおりである。
二、次に、経済的理由についての主張を検討してみると、言うまでもなく、本件桜沢の土木工事は災害の発生の虞れの極めて大きい危険なものであるのに対し、スキー場の経営は、たとえ、地域住民全体の福祉のためとはいえ、所詮は営利事業にほかならない。従つて、保安工事に充てる費用が制約されるため、保安工事を充分できないならば、いかに利益を得ることが確実であつても、スキー場の拡充工事などすることは絶対に許されるべきではない。けだし、それでは人命を代償として利益を得んと目論むに等しく、従つて、弁護人らが経済的理由による保安工事の期待可能性欠缺の主張は、その前提において理由が欠けるところ、本件では、第五回公調書中証人平川警吉の供述部分と浦佐スキー場拡充事業計画書とによれば、昭和三九、四〇両年度に支出した工事費が約一、〇〇〇万円であるのに対し、本件事故後の桜沢ゲレンデの復旧工事費は約六〇〇万円に過ぎないのだから、受命裁判官の検証調書によつて明らかな現況のようなゲレンデを当初から造成することは経済的にも充分可能であつたというべきであり、また、かかる工事は保安上の見地から保安工事の可能な範囲内に留めるべきことは前述したが、さらに被告人が企図した桜沢を平坦にすることも、右の合計一、六〇〇万円とこれに本件事故による補償費などを考慮してみると、排水施設等の保安設備を施しても可能であると思われる。
第三、実行可能性について
浅平弁護人の主張する実行可能性とは具体的に不可能の理由が何か詳らかでなく、法的にいかなる主張であるかも明らかでないが、保安工事の規模がたとえ大であつても工事主体は被告人個人ではないのだから、能力的に不可能ならば他の者と交替すれば足り、肉体的に不可能ならば人を傭えば足りるので、そうすべきであるところ、前掲各証拠によつても土木技術の点を除いてそのような事実は認められず、土木技術の点については前述したとおりであり、実行不可能だということは言えない。
第四、結論
以上のとおり、両弁護人の各主張は、いずれも理由がないのでこれを採用しない。
(法令の適用)
被告人の判示各致死および各致傷の所為はいずれも、行為時においては昭和四三年法律六一号刑法の一部を改正する法律による改正前の刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に、裁判時においては改正後の刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に各該当するが、犯罪後の法律により刑の変更があつたときに当るから刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、右は一個の行為で一八個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条、一〇条により各致死のうち犯情の最も重い伊藤富美子に対する業務上過失致死罪の刑で処断することとし、所定刑中禁錮刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を禁錮一年に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部これを被告人に負担させることとする。
よつて、主文のとおり判決する。